合格体験記 2014年
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帰国後伸び悩んだ国語で学年3位!個別指導で桐朋高校合格!
■ 白井健司くん
中学1年生の秋。海外から帰ってきて初の定期テストを経験した僕は中学のテストの重々しさを知った。そして同年の冬、母が祖母からテスティーのことを聞き入塾することになった。数学を鍛えてもらうためのものだった。しかし当時の僕は塾に行くことにあまり乗り気ではなかった。考えの甘かった僕は塾になんて行かなくても平気でやっていけると思っていた。実際に塾に行かずに難関校へ行く先輩がいたからである。
しばらく通っていると先生とも親しくなり、テスティーに行くことが1つの楽しみになっていた。テスティーに通うことでだんだんと成果も見え始めてきた。テスティーで学校の授業の予習のようなものができるので学校の授業には楽々とついていけ、それに加えてテスト前にはテスト対策をしてくれるので、期末考査で高得点をとることができた。
数学では良い成績をとることができたが、伸び悩む教科があった。それは国語だった。僕は記述問題が苦手で、どうしても国語で80点以上をとることができなかった。これに危機感を覚えた僕はテスティーで国語も教えてもらうことにした。ただし国語は数学と違い成果が見えにくく、読解力が上がっている実感は、その時点ではあまりなかった。
中学3年の夏になり、いよいよ本格的に受験勉強が始まった。しかしまだ受験する高校を決めていなかった僕は、10月の初めに母親に連れられ「桐朋高校」という高校の説明会へ行った。そこで僕は「ここに行く!」と決心した。しかし偏差値だけでみると、桐朋の偏差値は約70で僕の偏差値は60台前半だった。そこには大きな壁があるように感じた。
桐朋を受験することに決まった僕は早速テスティーで過去問を解き始めた。解き始めた当初はひどい有様だった。これを見て数学の杉本先生はある作戦を立ててくれた。「合格者最低点は180点を下回っているから3教科で平均60点をとれば受かる」というものだった。僕はそれを聞くといくらか気が楽になり、「小問集合を落とさない」という目標を掲げ着実に実力をつけていった。
過去問を解く中で、僕は1つ気づいたことがあった。それは僕の読解力が大きく上昇したということだ。桐朋や明大明治といった難関校の問題をそれほど苦としなくなったのだ。そしてそれが結果となって表れた出来事があった。学校で実力テストを受けたのだが、国語で学年3位をとったのだ。この出来事があり、僕は初めて国語の授業の恩恵に気づいた。試験が近づき友達は勉強漬けの毎日を送っているようだった。余裕をかましていた僕だったが緊張するようになってきた。
試験前日の夜。部屋で音楽を聴いていると不意に電話が鳴った。電話の主は国語の先生である山城先生だった。内容は僕を激励するもので沈みがちだった気持ちも吹き飛ばされ元気が出た。
そして当日。試験開始のチャイムを聞き僕はシャーペンを走らせた。緊張は全くなかった。わからない問題はほとんどなく、試験中だというのに僕は合格を確信していた。案の定、僕の受験番号はしっかりと掲示されていた。 僕が受験を勝ちで終えることが出来たのは「ヤバいかも・・・」とマイナス思考だった僕に対し「60点だから余裕だよ!」などの励ましの言葉をかけてくれた先生方のおかげだと思う。この言葉のおかげで心に余裕を持つことができ、本番も焦らずに問題を解くことが出来たのだと思う。
■ 白井健司くんのお母様
テスティーにお世話になったのは、健司が中1の冬休みからでした。小2の夏から中1の夏まで海外で過ごしていたため、現地校と日本の学校とで学習進度が違っており、そのため、個別に対応していただける塾を探し、テスティーにたどり着いた次第です。
まずは本人が得意としていた数学をお願いしました。初めは嫌々通っていた健司でしたが、1対1で丁寧に教えていただき、いつの間にか楽しく授業に取り組むようになりました。そんな前向きな気持ちと比例して数学の成績も伸び、自信につながったようです。
中2になり、定期考査を数回経験した段階で国語という壁にぶつかりました。5年間の海外生活で、語彙力と記述力が十分についておらず、どうしても思うような結果が出せない状態だったため、国語もお願いしました。健司は「日本人なのに、どうして国語を?」という意識があり、しばらくは渋々授業に行く感じでしたが、定期考査の成績が少しずつ上がって行くにつれて、国語に対する苦手意識も薄れていったように思います。
中3になり、志望校が決まるまでは気合いも入らず心配しましたが、入試説明会に足を運ぶうちに、本人の行きたい高校がはっきりし、気合いが入っていくのがわかりました。あとは本人のやる気次第と割り切り、私は生活面のサポートに徹しました。受験生だからと特別扱いはせず、普段通り接するように心がけ、受験日を迎えました。テスティーで過去問を十分解いてきたためか、リラックスしているように見えました。
桐朋高校発表当日。午後2時からの発表だったため、他校を受験している健司と待ち合わせて向かいました。結果、合格。その足でテスティーに向かいましたが、到着した時はすでに夕方。先生方が本当に心配されており、もっと早くにご連絡しなければならなかったと反省いたしました。
この日まで熱心にご指導いただきました先生方、本当にありがとうございました。また、最後まで親身にご相談に乗ってくださった新井先生に直接合格のご報告ができないことが大変残念ですが、変わらずずっと見守ってくださっていたことと思います。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈り申し上げます。
■ 白井健司くんへ講師からのことば
■ 山城佑太先生
白井君、合格おめでとう。
白井君は、国語力が飛躍的に伸びたような印象があります。僕が初めて授業をした二年の十月の時点では、読解力は十分に認められましたが、記述力や、漢字に関してはまだまだであったと記憶しています。それが三年生の後半、特に過去問の演習を進めていく内に、徐々に記述の質が上がり、漢字の正答率も八割程度に落ち着くようになりました。最終的に過去問の得点も七割~八割の間で安定し、頼もしい限りでした。入試の直後、白井君の「いやあ、余裕でした」の声を聞いたときは、かえって不安にもさせられた面もありましが(笑)、その一方で演習量に裏打ちされた自信も感じられました。
四月からはいよいよ高校生です。学習面に関して言えば、白井君はまだまだかなりのポテンシャルを秘めています。現状に満足することなく、更なる高みを目指して日々努力を続けてください。もちろん高校三年間を勉強ばかりに捧げるのはとても勿体ないことです。どんなことでも構いません、自分の興味のあることにも積極的に取り組み、輝かしい高校生活にしてください。
■ 杉本公毅先生
合格おめでとう!白井君は数学では難しい問題に出会ったときに「絶対解いてやる」といって楽しそうに挑戦しているのが印象的でした。難しい問題はすぐに諦めて答えを見てしまうような人も多い中で、白井君と一緒に難問に立ち向かうのはとても楽しかったです。白井君は始めの頃から、教えたことは素直に吸収してくれる生徒でした。一方で数学の能力は高いのですが、一問一問の正誤にあまりこだわりがなく小さいミスが多いという問題点は受験期の後半まであり、よく注意したことを覚えています。入試に限らず普段の定期テストなどでも、難しい問題を解くのと同じくらい簡単な問題をミスしないことも大事だということを、高校受験を通して学んでもらえていたら嬉しいです。高校でも向上心をもっていろいろなことに挑戦していってください。応援しています。